亀山小学校のあゆみ


亀山小学校が鉄筋の校舎になったのは、今から40年ほど前の1965年、
それまでは、木でできた木造の校舎でした。
左側に見えるのは、今のC棟のところにあった講堂、正面に見えるのが校舎です。
運動会の玉入れの様子ですが、鉄棒の後ろに木造の校舎が写っています。
校舎の中の机やいすも,全部木でできていました。
昭和26年の児童会の運営委員会の様子です。
右側手前には,石炭でたくだるまストーブも写っています。
最初に建った鉄筋の校舎は、A棟もB棟も2階建てでした。
C棟が建っているところには,木造の講堂が建っていました。
このころは,まだプールも体育館もなく,亀山小学校は田んぼに囲まれていました。
191号線もまだできていません。
プールや体育館はできましたが,まだC棟は建っていません。
校舎も2階建てです。
今から29年前,B棟,A棟と工事が進み,3階が作られました。
27年前には,C棟も完成し,校舎は,今の姿となりました。
五郷の泉の石碑の「五郷」とは、「5つのふるさと」という意味で、四日市村、大毛寺村、今井田村、勝木村、綾ヶ谷村の5つを言います。
現在の1年生教室前、中庭にある、五郷の泉の石碑です。
亀山小学校は、できてから130年になりますが、100年目の年の記念に立てられました。
それら5つの村に、あった虹山小学校、川手小学校、川北小学校、亀西小学校、綾西小学校の石碑が、くさりで手をつないでいます。
虹山小学校は、今の亀山小学校です。
川手小学校、川北小学校、亀西小学校、綾西小学校は、亀山小学校に統合されました。
亀西小学校は、上行森にありましたが、今はあとかたもありません。
綾西小学校は、大畑の集会所となっています。
今日の亀山小学校があるのは、これまで先輩たちが手を取り合って
歴史を築いて来られたおかげです。